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1976年4月21日発売 B面 「壁にむかつて」 アルバムとシングルは別バージョンなんですよ。 シングル・バージョンは1番と2番だけ。 曲がすごく長いから、シングル盤としてはアルバムバージヨンを使えなかったんですね。 それからテンポも少し早いんですねえ(笑)。 ジャケット写真(アルバム「生まれたところを遠離れて」と同じ)については何度も話したけど、 僕が着ているカーディガンは母親のもので、ジャンパーは父親のものなんです。 着るものを買うお金がなかったんですよ、その頃は(笑)省吾 もちろん僕が最初に買ったレコードです。思い出がいっぱい詰まっています。 省六 |
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1977年4月21日発売 B面「君に会うまでは」 このジャケット写真のことはライブでも言っているけど、上がラガー・シャツで、 下はサッカー・パンツにテニス・シューズ。 どんなスポーツなんだ!!(笑) 「路地裏の少年」のときの恰好っていうのは、僕の地のままでしょ でも、この「ラブ・トレイン」とか「木枯らしの季節」の頃はおしゃれにポップスにしようというんで、 当事流行りはじめた「ポパイ」とかそういうイメージになっていくんだよね。 とにかく、その頃のディレクターの蔭山さんが、とてもファッションに興味のある人だったから。 「ラブ・トレイン」はあまり聴かないなー B面の「君に会うまでは」の方が好きです。 省六 |
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1977年11月21日発売 B面 「独りぼっちのハイウェイ」 星勝さんは、当時はすでに井上陽水の「氷の世界」などをやっていた超一流のアレンジャー。 プロデューサーの鈴木幹治さんと星さんはモツプス時代のドラマーとギターリストという関係で、 だから僕のような無名の新人のアレンジをやってくれたんだと思う。 星さんのアレンジは、色合いが濃く深い。シックな感じですね。 それから、これを高橋(信彦)に聞かせて、「マネージメントをやってくれないか」頼んだ。 このシングルを聞いて「ひょっとしたら成功するんじゃないか」思って引き受けたというのは、のちに聞いたんだけど。省吾 路地裏の次に買ったEPです。 可愛すぎる!アイドルなの? 省六 |
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new! 1978年9月1日発売 B面 「あの頃の僕」 けっこう昔のことって、ふり返っていろいろ話しているから、話すことがないね(笑)。 へえ、「涙あふれて」のB面が「あの頃の僕」なんだ。 知らなかった(笑)。へぇ〜。・・・・ダメだ、何にも思い浮かばない(笑)省吾 この曲はイルミネーションというアルバムの頭に入っていて、初めて聴いた時は、結構衝撃が走ったなー。省六 |
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1979年4月21日発売 B面 「片思い」 この曲は「愛して」というタイトルで、歌詞も違うんですが、和田アキ子さんも歌っています。 ジャケット写真は顎がハレーションで、えらいまん丸い顔になっているじゃない? それがすごい気に入らなかったの覚えているね(笑)。 俺はこんなに丸い顔してないよって。 みんなに「なんか太ったんじゃない」とか言われて、「違うよ、これライトのせいだよ」って言ったのを覚えている。省吾 B面の「片思い」の方が有名だよね レコーディングする前と歌詞は違っているけど・・・・・・・ 省六 |
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1979年7月1日発売 B面 「朝のシルエット」 これは代々木公園。当時よく着ていたアロハ・シャツ。 サングラスに映っているのは、プラモデルの飛行機じゃないかな。 当時流行り始めた「ポパイ」とか、そういうイメージなんだよね。 とにかくその頃のディレクターがとてもファツションに感心があって、ほとんどお仕着せ(笑)省吾 省吾がメジャーになった曲だよね。 「夜ヒット」でもこの曲を歌いました。 この曲はあんまり好きでなかったけど、広島貯金ホールのコンサートで聴いて、好きになりました。 ♪ブルー・レッド・イエロー〜♪省六 |
| 1979年12月21日発売
B面 「ミス・ロンリー・ハート」 このジャケットや次の「青春のビィジョン」なんかも、今思うと、そんなに不自然な感じはしないんだけど、 当時はやっぱりいつもジーンズとTシャッとかを着てたから、 撮影のときだけ革のジャケットやスーツを着ると「なんか不自然で嫌だなあ」みたいなのが、あったね。省吾 「君が人生の時」に収録されているけど、青春ラブソングといった感じでとてもいいですね。 「ドラムたたける仕事」って吉田拓郎のバックバンドですね、 「二度とキャンパスに」戻らないって「神奈川大学」のことですね 省六 | |
| 1980年2月25日発売 B面 「とぎれた愛の物語」 ”DREAM”と”HOPE”と”VISION”とは違うと思うんですよね。 それには実体がない。 HOPEを歌うのはNHK的でしょ。 VISIONというのは、目覚めているなかで夢をみるというか、夢のなかを生きるというか。 たぶん、あらゆる作家というのはみんなそうだと思うのです。 現実を歌っているんだけども、彼のVISIONを歌っているんですね。省吾 80年代初期の頃って、「セイヤング」「君が人生の時」とかのラジオのディスクジョッキーでこの話を熱く語っていましたね。 省六 | |
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1980年7月21日発売 B面 「演奏旅行」 やっぱりみんな貧しいわけ。 物質的なものにしろ精神的なものにしろ。 みんなその貧しさからはい上がろうとしているんだ。 そうしないと、その人は結局そのツケを自分の人生で払わなきゃいけないわけだから。 そして、貧しさを克服しようと行動を起こすとき、その人はロックンロールしているんだと思う。 僕の歌がそんな人たちの心をインスパイアーすることが出来たら最高だね。 今度の新譜「明日なき世代」もそんな思いでいたんだ。省吾 B面の演奏旅行も2001のツアーの後半ではよく歌われていました。 僕も犬の散歩の時、つい口ずさんでいます。 省六 |
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1980年10月21日発売 B面「火薬のように」 ロスアンゼルスのダウンタウンで、向こうのカメラマンが撮った写真。 セットではありません。 本当はこういう夜景にする予定はなかったんだけど、 日没に撮ろうってことだったのに、日没の瞬間に照明用のモーターが壊れて、アッという間に日が沈んじゃった。 で、結局、しょうがないからってことでライティングを直して、夜景になってしまったという悲しい思い出がある。(笑) このころから東京は荒廃してたんだ。 でも、僕は東京が大好きだ! B面も尖った省吾があらわさせているよ。 省六 |
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1981年3月21日発売 B面 「あばずれセブンティーン」 「あばずれセブンティーン」は、かなり端的な詩だけど、これは精神的にハングリーな子の歌なんです。 屈折しているようにみえるんだけど、自分が真っ直ぐに生きていこうとすると、 逆に屈折せざるを得ないっていうところがあるでしょ。 それを端的に表すと、あの歌に代表されるような心の女の子になる。 まあ、そんな理屈っぽく考えて作ったわけじゃないですけど。 ロックンロールてですから。省吾 この曲は山口百恵に歌って欲しくて、何回も百恵のアルバムの一曲に推薦したが、組み込んでもらえず。 後日、甲斐バンドにカバーされている。 それ以来甲斐よしひろとは仲良しとのこと。 省六 |
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1981年8月26日発売 B面 「さよならの前に」 これは田島さんの写真ですね。 国立競技場の近くのどこかで撮った記憶がある。 今思えば、田島さんらしいなと思いますね。 その時は「なんでこんなところで、こんななんでもないようなところでとるのかな」と思ったんだけど、 よく見るとこの黄色い線がね、面白いんだね。 当時は理解できなかった。(笑)省吾 B面の「さよならの前に」もアップテンポのノリのいい曲ですね。 でも、この曲がコンサートで歌われたのは聴いたことがありません。 省六 |
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1981年11月21日発売 B面 「センチメンタル・クリスマス」 「センチメンタル・クリスマス」は、18か19の頃、思ったことなんだけど、 ベトナム戦争でクリスマス停戦というのがあって、 「そうか、戦争でもクリスマスになると休みなんだ」って素直に感動して。 ああ、それならば1年中クリスマスになればいいのになあ・・・・ そして、みんなが1年中、人に優しくなれるような気持ちならいいのにと思って元の歌が出来て、 今回また違った意味でその歌が自分のなかで甦ってきて、ひとつの曲のかたちにしたんです。 省吾 「悲しみは雪のように」は「愛という名のもとに」のTVドラマで一躍大ヒットしました。 この歌を聴くとドラマのオープニングシーンを思い出します。 省六 | |
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1982年2月25日発売 B面 「ラストダンス」 これも「明日なき世代」と同じように武道館でやった頃の”ON THE ROAD"のライブ写真がジャケットになっている。 ライブの写真ってやっぱりすごく好きだったね、僕は。 自然で、自分らしいなと思って。 撮影っていうと、どうしてもかしこまらなきゃいけないから苦手だったんですよ。省吾 「ON THE ROAD」はなかなか曲ができなくて、スタジオの壁を叩いた瞬間に出来たとか・・。 僕は、2番の歌詞が好きです。 ♪部屋の冷たさにレコードかけTVつけても〜♪ 省六 |
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1982年11月21日発売 B面 「恋に落ちたら」 ブルース・スプリングティーンが日本公演に来たときに、プロモーターがドライブに連れて行ったんだって。 そのとき車の中に、僕の「PROMIST LAND」が入っていて、 スプリングティーンも同じタイトルの曲を作っているし、「マイホームタウン」って曲もある。 それで「同じタイトルだから聞いてみよう」って僕のアルバムを聞いて、「すごく声がいい」って言ったらしいんです(笑)。省吾 省吾の声は本当に素敵だと男の僕も思います。 歳を重ねるほど磨きがかかってくるみたいです。 省六 |
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1985年5月22日発売 B面 「もうひとつの土曜日」 カラオケは基本的にはあまり歌わないんだけど、一度だけ「もうひとつの土曜日」をむりやり歌わされたことがある(笑)。 中村あゆみのお母さんに(笑)。 「歌ってよ、いいじゃなーい」とかって言われて。 ステージの後だったから、途中から本当に声が出なくなって、新川が代わりに歌ってくれた(笑)。省吾 なんてたって、B面の「もうひとつの土曜日」は名曲です。 どうしてこんな曲が書けるのでしょう? 省吾もお気に入りの曲だと言っていました。省六 |
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1985年12月8日発売 B面 「SEEET LITTLE DARLIN’」 A面ドラマの主人公で、B面の「SEEET LITTLE DARLIN’」は、 そのドラマ主人公の女の子を自分なリに描いて作ったんだけど、 実際は僕の描いてた人とはだいぶ違っていた(笑)。 あと、当時まだ10代半ばぐらいだった自分の姪のことも、ちょっとダブらせたね。 ちょうど主人公が15才ぐらいだったのかな。 「J.BOY」を作りはじめるきっかけになった2曲でもあります。省吾 僕の友達と姪っ子とが同級生でいろいろ話しをきかせてもらいました。 姪っ子さんには省吾おじさんとは呼ばせないとか・・・。 省六 |
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1987年6月21日発売 B面 「LITTLE SURFER GIRL」 山下達郎さんがカバーしてくれたんだけど、僕らよりもはるかに大人っぽい感じの出来あがりですよね。 ライブで取り上げてくれたっていうのをは聞いてて、 そのDATテープをもらって、彼と一緒にお酒を飲んでいたときに聞いて、 「大人っぽい演奏だな」っと思ったんです。 でもまもさかシングルのB面になると思わなかったから、どうしてなんだろうって単純に思った。 それはもちろん、すごくうれしいことなんだけで、不思議な感じがしてね。省吾 2001では町支氏と二人でよく歌われていました。 野外でもアカペラで聴けました。 僕の場合は省吾といえば「路地裏の少年」だけど 愛奴といえば「二人の夏」というイメージです。 省六 |
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997年10月22日発売 「団塊の世代のオヤジたちに埃のかぶったギターを押入れから出して、この曲を歌って欲しいと思う」省吾 当事高校生の僕は吉田拓郎が歌っているのを聴いて衝撃を受けた曲でした。 当時のポップス的な音楽から人生のいきざまを歌う吉田拓郎に痺れていました。 ♪古い船を動かすのは古い水夫でない♪ 省六 |